こんにちは、hirakoです。突然ですが、
目次
我が家のテレビが壊れかけています。
結婚して、もうすぐ3年目。結婚当初から愛用してきたテレビは、主人が一人暮らし時代から使ってきた10年選手。
そろそろ寿命なのか、それともマンションの電波状況がわるいのか分かりませんが、最近すこぶる調子がよくありません。
とくに雨の日なんて酷いもの。先日は、1つのチャンネルしか映らず、ザッピングをする楽しみを奪われてしまいました。DVDも同じく10年選手。こちらは半年前から、ちょこちょこと不具合が…。最近動かなくなりました。
これまで、家事や用事をしたいときは、録画したEテレを子どもに見させていたのですが、それが出来ない…。
見せようとしても、途中でフリーズするか、音が出なくなる。その状況に子どもは訳が分からず泣いてしまうので、最近はDVDはないものだと思って生活を送っています。
子供はテレビがなくても、意外と困らない。むしろ、見過ぎなくていい。
子どもが生まれてからは早く寝ますし、朝もバタバタで忙しいのでテレビを見る機会が減りました。
テレビが映らなくても、わたし自身はそこまで不自由を感じていません。
ただ、朝の時間帯にEテレが映らないときだけは「やはり買い替えないと…」と思うことが多いです。が、最近、Eテレは調子がいい。なので、そこまで急務ではありません。
とにかくテレビがあまり映らない我が家ですが、1か月ほど経過し、その環境にも慣れてきました。
最近では、むしろあまり映らないほうがいいのでは…とも思えるように。
テレビが映らなくなって、テレビに子守をさせなくなった。
「困ったら、DVDを見せよう…」とテレビに頼ることが多かったのですが、出来なくなったので違う方法を考えるようになりました。お絵かきをさせたり、おままごとをさせたりしています。
娘も「テレビ見たい!」とせがんでも、見られないと理解したのか、テレビへの執着心がなくなったように思います。
テレビってあると嬉しいですが、なくても生きていけます。むしろ一度見てしまうと、気づけば1時間、2時間すぐに経つ。大事に時間を使うなら、今の環境はありなのかも…と思っています。
不便だと思うのは最初だけ。不便な環境も、いつかはそれが当たり前になり、慣れてくるのです。
朝にEテレが映らないときは、子どもと笑うことにした。
本当にうちのテレビは気まぐれ。昨日は映っても、今日は映らない。今朝もEテレが映らなかったのですが、「今日も映らないね~あはは。なんでうつらないね~ん!」とテレビに突っ込みを入れ、大げさに笑っています。
それを見た娘も「なんでうつらないね~ん」と真似して笑っています。
最近はテレビが映る、映らないということが分かってきたようで「今日は映ってよかったね~」「今日は映らないね~」と言ってくれるように。
「テレビ見たい~(泣)」とはあまり言いません。映らないときは映らないなりに状況を受け入れ、一人でおままごとしたり、絵本を読んだりして自分から楽しんでくれています。
それは不便な環境なの?子どもの捉え方は親によって決まるのかも。
こう言うと大げさですが、不便な環境を親が楽しめれば、子どもも楽しめる。
結局はその環境を親がどう捉えるか?が大事なのではと思います。
そして子どもにどう伝えるか?も大事です。
「テレビがなくて、可哀そうなうちだね~」と嘆くのか、
「テレビがうつんなくても、他に面白いことたくさんあるよね」と笑ってるのか。
わたしはどんな環境でも、楽しめることや学べることがあると思っているので、後者の母親になりたい!
今回はテレビを例に挙げましたが、どんな環境でも楽しめる!学べる!ということを子どもにはずっと伝えていければと思っています。
とはいえ、どこかのタイミングでテレビは買い替えます(笑)。
コメントを残す